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2020年を振り返って、みなさまへの感謝

2020年と言う年は、本当に大変な年でしたね。

当院でもコロナ対策やらなんやらで、いろんな対策を考え、診察のリズムやもうひっちゃかめっちゃかでした。途中、つらくなりかけた時期もありました。診療のシステムにおいても多大なご不便をおかけし、自分たちの不甲斐なさをひしひしと感じる年でもありました。

ですが当院の飼い主様たちは、そんな中でみなさまこころよく協力し、支えて下さり、私たちはすごく助けられました

本当にいつもご協力下さり、ありがとうございます。そして私たちの目指すものが、明確に見えた年でもありました。

コロナの時代になり世の中は、今まで以上にネガティブなことであふれるようになってしまいました。特にネットの社会では匿名性の為か、ひどいものです。

他人だったり国だったり学校だったり・・・。もしかしたら、自分がこのようなつらい気持ちになっている原因がそこにあると発言することで、ご自身の気持ちが癒されているのかもしれません。

確かにいま、苦痛を排除することが出来ないものが目の前にあった場合、自分の気持ちの整理をするために吐くことで楽になるなら、吐いても良いのだろうと思います。

しかし、関わることを避けることが出来る状況なのにもかかわらず、わざわざネガティブな要素を探し、それらに身を投じに行くのは、ご自身の心を傷つけていることになっているかもしれないのです。

何かを非難する場合、もちろんご自身の意見が正しいと思っているからこそ、なされているのだと思いますが、それはあくまでも自分の感覚と感情であって、他の人が同じように受け止めるかどうかは、また別の問題です。

客観的に述べているようであってもそれは、気付かなくても自分側の感情の方がより強くなっているのは当たり前です。双方が同じ立場で発言出来る場で無いところで非難するのは、一方的な事だったりします。

仲間内の非公開のSNS内での事でなく、不特定多数に発言していることとして考えた時、それで誰が得をしているのでしょうか?

発言していかたが、それで幸せになれば良いのかもしれないし、その情報で幸せになる方が居れば、つらい感情と向き合った結果として、ネガティブな発信をすることは、一つの方法だと思います。

しかし、本当にそうなのでしょうか?

その方がそう受け止めている内容でも、そうでないと感じる方が大多数の場合も実際はたくさんあります。考え方や感じ方は、人それぞれです。人の感情を誘導するのは、良くない事です。これはみなさんがマスコミ批判をしていることと何ら変わらず、客観的な情報で無く、コメンテーターの主観的な感情の元流れている情報と、全く同じであるかもしれないのです。

そう考えた時、もう一度自分の感情に向き合ってみましょう。つらい経験をわざわざ思い返しそれを整理整頓することで、またつらい過去と向き合わなくてはならなくなっていること。

非難された側は、話し合ったり歩み寄る事も出来ないまま、一方的に傷つけられます。そして、それを読んだ方の中でもつらい気持ちになる方もいるかもしれません。そして何より、ご本人もつらい気持ちに向き合っているのです。みなさん誰一人、しあわせになっていないんですよね。

もっと自分を大切にしましょう。

避けられる苦痛は、避けていきましょう。

行動学的に考えてみても、傷ついている心を癒すためには、「向き合うよりまずは、避けられるものは避けると言った環境設定」が、最善の対策なのです。

コロナの時代だからこそ、まだまだすぐに好転するとは思えません。

でも、コロナの時代が、人の考え方も教えてくれているように思います。

つらい中でつらい事をわざわざ追っかけるのではなく、つらい事を現実として受け止めて、既にかかわる必要が無くなっているものを忘れる努力をしていく。

こんな時代だからこそ、向き合わなくてはならない問題が山積みです。なのに、避けられるものまで拾い上げると、心はパンパンで壊れてしまいます。

人と比べ自分がこれが出来ていないから不幸なのではなく、世の中には、自分がいま最悪と感じる状況より、「もっともっとつらい生活を、普通のものとして受け止めている方」も、たくさんいます。

こころの基準をどこに置くのかで、その先の幸せが変わって来ます。

その中での些細な幸せを見つけるのって、とても贅沢なことだと思うのです。

高望みをしているという自分の心と向き合うことで現実を受け止め、目の前に起きているちょっとした幸せや、何も苦痛が無いという幸せに気づけること。

行動学的に考えても、例えば、健康で穏やかでいてくれるだけで、それはとても良い事。でも人はそれを当たり前のことし、吠えていたり、落ち着かなかったり、いたずらしたりすることに注目し、それをやめさせることに必死になります。出来ていることが当たり前ではなく、それは私たちが望んでいる行動なのですから、それを強化していくんですよね。

私たち人間の生活も、そうではないでしょうか?

これが出来ないから不幸ではなく、何もない平凡な毎日が過ごせることへのありがたさ。だからこそ、いま関わらなくても良いネガティブなことは、もう、距離を取る。

それを感じることを、出来るか出来ないか。

このコロナの時代を、乗り切れるヒントが一つ見つかるかもしれません。

逃げることが出来ない苦痛もあります。

過去たくさんの苦痛の中で、もがいてきました。そして、いろんなことを考えました。だからこそ、こころの持ち方を自分で変えることで、自分を大切に出来ると言う事にも気づかされました。そうやって、何とかこの1年も乗り切れました。

そして、それらを支えて下さったのは、間違いなく私の周りで見守ったりかかわって下さる方たちなのです。

その中に、飼い主さまもいるし、取引先(薬や医療機械や建物の修繕やその他諸々)や、勉強会仲間や、昔からの友人や、そして新しい出会いの中での絆。そんな存在が、何より大きかったと思います。

非難したり嫌がらせをする人が無いわけでは無いですが、ついつい人は嫌悪刺激であるそう言う事に注目しがちです。好ましい行動である温かい人の支えと言うのは、しっかり思い返さないと当たり前になってしまう事が、日常では多々あります。たくさんの幸せに包まれているのに、些細な嫌悪刺激にこだわり続ける自分がいると、自分で自分を苦しめるのです。

獣医行動学を学ぶ事で、これらの望ましい行動や望ましい環境にしっかり気付ける飼い主になることが、動物とのお付き合いや問題行動に取り組む際に、とても大切になることも学べました。

つらい時、つらい事を吐き出したらいけないとは思いません。悪口や愚痴が全面的に悪いとは思いません。

ただ、誰かを傷つけたり、それによってご自身が辛い経験を思い返す作業やその吐き出した感情にとりつかれてしまって、苦しい感情を引きずるのであれば・・・。そして、相手を傷つける行為が、自分を傷つけることもあるかもしれないのです。

ネット社会だったりコロナの時代だったり、いろんな要因で、人間の感情が壊れていくのを見るのが、とてもつらいです。

もっと自分にやさしくなれたら良いですよね。

そうすれば、しあわせが無いのではなく、たくさんの幸せの存在に、気付ける人間になれるのかもしれません。

そんなことを、コロナは教えてくれているのかもしれないと、ふと考えてみました。

あと少しで、今年も終わります。

みなさま本当に、ありがとうございました。

不完全な動物病院ですが、私たちにしか出来ない事に注目して、これからも頑張っていきたいと思います。

また来年も、みなさまのご厚意に甘えさせてください。

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